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矯正力は強ければ早く動く?適切な力が大切な理由

2026.09.21

はじめに

「矯正の力をもっと強くすれば、歯は早く動くのでは?」

矯正治療をしていると、一度はそう考えたことがあるかもしれません。

たしかに、歯を動かすためには力が必要です。

では、その力を2倍、3倍にすれば、歯も2倍、3倍の速さで動くのでしょうか。

結論からいうと、矯正力を強くすれば、その分だけ歯が早く動くわけではありません。

むしろ、必要以上に強い力を加えると、歯を支えている歯根膜が強く圧迫され、血流が低下します。その結果、歯が効率よく動かなくなったり、痛みが強くなったり、歯根や周囲組織への負担が増えたりする可能性があります。

矯正治療で重要なのは、

「できるだけ強い力」ではなく、「目的とする歯の動きに対して適切な力を与えること」

です。

さらに正確にいうと、矯正治療では「何グラムの力をかけるか」だけを考えているわけではありません。

  • 力の大きさ
  • 力の方向
  • 力を加える位置
  • 力が持続する時間
  • 歯の種類
  • 歯根の本数や形
  • 歯をどのように動かしたいのか
  • 周囲の骨や歯周組織の状態

などを総合的に考えます。

同じ100gの力でも、前歯1本を傾ける場合と、大臼歯を歯根ごと移動させる場合では、その意味は同じではありません。

この記事では、「矯正力は強いほど歯が早く動く」という誤解を整理しながら、歯が動く生物学的な仕組み、適切な矯正力とは何か、強すぎる力で何が起こるのか、そしてワイヤー矯正とマウスピース矯正でどのように力をコントロールしているのかまで解説します。


矯正力とは?

矯正力とは、歯を目的の位置へ移動させるために矯正装置から歯へ加える力のことです。

ワイヤー矯正であれば、

  • ワイヤー
  • コイルスプリング
  • パワーチェーン
  • 顎間ゴム
  • アンカースクリュー

などから歯へ力が加わります。

マウスピース型矯正装置では、現在の歯の位置と少し異なる形に設計されたアライナーを装着することで、その弾性変形から歯へ力が加わります。

つまり、装置は違っても、

歯に機械的な力を加えて、身体の生物学的反応を引き起こす

という基本原理は共通しています。


歯は力で押し込まれているわけではない

矯正治療を理解するうえで非常に重要なのが、歯は単純に骨の中を「押されて移動している」わけではないということです。

歯根と顎の骨の間には、歯根膜(しこんまく)という薄い組織があります。

歯に矯正力が加わると、歯根膜の一方が圧迫され、反対側が引き伸ばされます。

圧迫された側では、破骨細胞などが関与して歯槽骨の吸収が起こります。

反対側では、新しい骨をつくる骨形成が起こります。

つまり、

進む側の骨を少しずつ吸収し、反対側に新しい骨を作ることで歯が移動する

というのが矯正治療の基本です。

この骨の作り替えを「骨のリモデリング」といいます。

矯正治療は、力ずくで歯を移動させる治療ではありません。

矯正力をきっかけとして、患者さま自身の細胞や骨代謝を利用して歯を移動させる治療です。


強い力を加えれば骨吸収も増えて早く動く?

ここで、

「だったら強く圧迫すれば、骨がたくさん吸収されて早く動くのでは?」

と考えるかもしれません。

しかし、生体反応はそれほど単純ではありません。

力をある程度まで増やすと歯根膜への刺激は大きくなります。

ところが、必要以上に強い力を加えると、歯根膜が強く圧迫され、局所の血流が著しく低下することがあります。

歯の移動には、

  • 血流
  • 細胞
  • 炎症性メディエーター
  • 破骨細胞
  • 骨芽細胞

などの働きが必要です。

ところが過度な圧迫によって血流が阻害されると、その部分で正常な細胞活動が行われにくくなります。

つまり、

強すぎる力は、歯を動かす生物学的な環境そのものを悪化させる可能性があります


強すぎる矯正力で起こる「硝子様変性」とは?

矯正力について理解するうえで重要な言葉が、硝子様変性(hyalinization)です。

歯根膜が強く圧迫されると、その部分の血管が圧迫され、血流が低下します。

圧迫が強くなると、局所的に細胞が活動できなくなり、組織が変性した状態になることがあります。

これが硝子様変性です。

名前だけ聞くと難しく感じますが、簡単に表現すると、

歯根膜を強く押しつぶしすぎて、正常な生物学的反応が起こりにくくなった状態

と考えると分かりやすいでしょう。

この状態になると、その場所からすぐに骨が吸収されるとは限りません。

周囲から変性した組織が処理され、その後に骨吸収が進むため、歯の移動が一時的に停滞することがあります。

つまり、

強い力をかけすぎることで、かえって歯が動きにくくなることがある

のです。


「強い力=速い」という関係ではない

矯正力と歯の移動速度は、車のアクセルのような単純な関係ではありません。

アクセルなら、ある範囲では強く踏むほど加速します。

しかし歯の移動は、生体反応によって起こります。

一定の刺激があれば骨リモデリングが開始されますが、それを超えて力を増やしたとしても、歯の移動速度が比例して上昇するとは限りません。

固定式矯正装置による歯体移動について検討したシステマティックレビューでは、50〜250cN程度の力で歯の移動速度が大きく変わらず、250cNを超える力では移動量がわずかに増える可能性がある一方、有害事象も増えることが報告されています。

そのレビューでは、50〜100cN程度が歯の移動効率、患者さんの快適性、副作用の観点から有望とされました。

ただし、これは「矯正では必ず50〜100gを使えばよい」という意味ではありません。

歯の移動方法、対象となる歯、歯根膜の面積などによって必要な力は異なります。


「適切な矯正力」は何グラム?

患者さまだけでなく、矯正治療を学び始めた歯科医師からも、

「結局、何グラムが適切なの?」

という疑問が出てきます。

しかし、矯正力をひとつの数字だけで定義することは困難です。

過去から、歯の移動様式ごとに適切と考えられる力の目安は示されてきました。

たとえば、

  • 傾斜移動
  • 歯体移動
  • 回転
  • 圧下
  • 挺出
  • 歯根移動

では、必要とされる力が異なります。

なぜなら、それぞれ歯根膜に生じる圧力分布が異なるからです。

したがって、「矯正力は○gが正解」と覚えるより、

目的とする歯の移動に適した力を選択する

という考え方が重要です。


同じ100gでも意味が違う

たとえば、1本の前歯に100gをかける場合と、大臼歯に100gをかける場合を考えてみましょう。

大臼歯は前歯よりも歯根が大きく、複数の歯根を持っていることがあります。

そのため歯根膜の面積も大きくなります。

同じ100gの力を加えても、単位面積あたりの負担は同じではありません。

さらに、

  • 歯冠を傾ける
  • 歯全体を平行移動する

場合でも圧力分布は変わります。

したがって、矯正では単純な力の大きさだけでなく、歯根膜にどのように力が分布するかを考える必要があります。


「力」と「圧力」は同じではない

この違いは非常に重要です。

力の大きさが同じでも、その力が広い面積に分散されるか、狭い部分へ集中するかによって組織への影響は変わります。

たとえば、同じ体重の人に足を踏まれたとしても、

スニーカーで踏まれる場合と、細いヒールで踏まれる場合では痛みが違います。

これは力がかかる面積が違うためです。

矯正治療でも似た考え方があります。

歯根膜全体へ比較的広く力が分散する移動と、一部へ力が集中する移動では、生体反応が異なります。

だからこそ、「100gだから安全」「200gだから強すぎる」と数字だけで単純に判断することはできません。


歯を傾ける力と、平行移動させる力は違う

矯正治療では歯を単に横へ押すだけではありません。

代表的な歯の移動のひとつに傾斜移動があります。

傾斜移動では、歯冠が大きく動き、歯根は比較的小さく動きます。

一方、歯体移動では、歯冠と歯根を同じ方向へ移動させます。

いわゆる平行移動です。

歯体移動では歯根膜のより広い範囲に圧力が生じるため、傾斜移動とは必要となるフォースシステムが異なります。

同様に、

  • 圧下
  • 挺出
  • 回転
  • トルク

でも異なります。

したがって矯正医は、

「どれくらい強く引くか」だけではなく、「どのような歯の動きを起こしたいのか」

を最初に考えます。


力の「方向」も重要

適切な大きさの力でも、方向が間違っていれば目的どおりには動きません。

たとえば前歯を後方へ移動させたい場合を考えてみます。

単純に後ろへ引いたとしても、その力の作用線と歯の抵抗中心との位置関係によって、

  • 歯冠だけが後ろへ倒れる
  • 歯全体が後退する
  • 歯根が反対方向へ動く

など、異なる移動が起こります。

つまり矯正治療は、

Force=力の大きさ

だけの治療ではありません。

どの方向から、どこへ、どの位置に力を作用させるかまで含めて考える必要があります。


抵抗中心とは?

矯正力学を理解するうえで重要なのが、抵抗中心(center of resistance)です。

抵抗中心とは簡単にいうと、

歯を平行移動させるときに力を作用させたい、力学的な基準点 です。

実際の抵抗中心は歯冠の表面ではなく、歯根側、つまり骨の中に存在します。

ところがワイヤー矯正のブラケットも、マウスピース矯正のアタッチメントも、基本的には歯冠へ装着します。

そのため、歯冠へ単純な力を加えると、歯は傾きやすくなります。

歯を意図した方向へコントロールするには、力だけではなくモーメントを利用する必要があります。

これが矯正治療のバイオメカニクスです。


強い力より「力とモーメントの設計」が重要

たとえば抜歯したスペースを閉じるときに、前歯を後ろへ引く場合を考えます。

単純に強い力で引けば、前歯がそのまま後方へ平行移動するとは限りません。

むしろ歯冠が先に後方へ傾斜し、歯根が十分についてこないことがあります。

そこで、

  • ブラケット
  • ワイヤー
  • パワーアーム
  • アンカースクリュー
  • フック

などを利用して作用点を調整し、力とモーメントのバランスを設計します。

重要なのは、

大きな力を出せる装置を使うことではなく、必要な場所へ必要なフォースシステムを作ること

です。


強い力では痛みも強くなる?

矯正装置を調整した後に、

「噛むと痛い」

「歯が浮いた感じがする」

と感じることがあります。

この痛みには、矯正力による歯根膜の圧迫や炎症性反応などが関係しています。

痛みには大きな個人差があるため、「○gを超えれば必ず痛い」という単純な関係ではありません。

しかし、必要以上に強い力は患者さまの不快感を増やす可能性があります。

重要なのは、

痛いほど効いているわけではない

ということです。

「今回はすごく痛いから、歯がたくさん動いているはず」

と考える必要はありません。

矯正治療の目的は強い痛みを発生させることではなく、できるだけ組織への負担を抑えながら目的の歯を移動させることです。


強い矯正力と歯根吸収

矯正治療の代表的なリスクのひとつに、歯根吸収があります。

歯根吸収とは、歯の根の表面、特に先端付近などが吸収され、治療前より短くなることです。

矯正治療では歯根膜へ力を加えるため、程度の差はありますが歯根表面に吸収性変化が生じることがあります。

歯根吸収の発生には、

  • 治療期間
  • 歯の移動距離
  • 歯根形態
  • 個人差
  • 遺伝的要因
  • 移動方向
  • 矯正力の性質

など複数の要因が関係すると考えられています。

そのため、「強い力だけが歯根吸収の原因」と単純化することはできません。

一方で、必要以上の矯正力を避け、歯根膜や歯根への負担を考慮することは重要です。


強くすれば治療期間を半分にできる?

基本的にはそのようには考えません。

たとえば、

「通常2年かかる治療なら、2倍の力を使えば1年になる」

という関係は成立しません。

歯の移動速度には、

  • 骨のリモデリング
  • 破骨細胞の形成
  • 歯根膜の反応
  • 骨形成
  • 組織の修復

など、生物学的なプロセスが関係しています。

これらには時間が必要です。

どれだけ装置から大きな力を出しても、細胞の働きを無限に高速化できるわけではありません。

そのため、治療期間を短くしたいからといって、安易に矯正力を増やすことは適切ではありません。


弱すぎる力なら安全なの?

ここでも注意が必要です。

「強い力が良くないなら、できるだけ弱い力にすればいい」

というわけでもありません。

矯正力が弱すぎれば、目的とする歯の移動を十分に発生させられない可能性があります。

また実際の口腔内では、

  • 摩擦
  • 咬合力
  • 舌や頬からの力
  • ワイヤーの変形
  • アライナーの適合

などさまざまな影響を受けます。

したがって、矯正に必要なのは「最小の力」ではありません。

必要な生物学的反応と目的とする歯の移動を起こせる、適切な力です。


「最適矯正力」はまだ完全には決まっていない

矯正学では昔から「optimal force=最適矯正力」という考え方があります。

理想的には、

最も効率よく歯を移動させながら、痛み・歯根吸収・歯周組織への負担を最小限にする力

が最適矯正力と考えられます。

しかし、「すべての患者さま、すべての歯に共通する最適な○g」が科学的に確立しているわけではありません。

歯の種類や移動様式が異なり、さらに人によって歯根形態や骨代謝も異なるためです。

古くからのシステマティックレビューでも、研究条件のばらつきが大きく、単一の最適値を決めるにはエビデンスが不十分とされてきました。

近年の研究でも、患者さまの解剖学的・代謝的特徴に応じた個別化の重要性が指摘されています。

したがって、

「矯正力はこの数字なら絶対に正しい」という考え方より、症例ごとに力を設計・調整するという考え方が重要です。


ワイヤー矯正ではどうやって力を調整する?

ワイヤー矯正では、さまざまな方法で矯正力を調整します。

たとえば治療初期には、ニッケルチタンワイヤーなど柔軟性の高いワイヤーが使用されることがあります。

細く柔らかいワイヤーは、大きく変形させても比較的軽い力を長く持続させることができます。

歯並びが整ってくると、より太いワイヤーや角型ワイヤーへ変更し、

  • 歯軸
  • トルク
  • 歯根位置
  • 噛み合わせ

などを細かくコントロールしていきます。

つまりワイヤー矯正では、

治療開始から終了まで同じ強さの力を使っているわけではありません。

治療段階によって必要な力学が変わります。


NiTiワイヤーが治療初期によく使われる理由

ニッケルチタン、いわゆるNiTiワイヤーは矯正治療の初期によく使用されます。

NiTiワイヤーには、種類によって高い弾性や超弾性などの特徴があります。

ガタガタの歯列に装着して大きく変形させても、比較的軽い力を長い範囲で発揮できる製品があります。

これは治療初期に有利です。

強いステンレスワイヤーで無理やり歯を並べるのではなく、歯列の状態に合わせて適切なワイヤーを選択します。

この考え方からも、

「強い装置ほど早く治る」という考え方が矯正治療には当てはまらない

ことが分かります。


パワーチェーンを強くかければスペースは早く閉じる?

抜歯矯正などでは、パワーチェーンやコイルスプリングを使用してスペースを閉じることがあります。

そこで、

「パワーチェーンをもっと強くすれば早く閉じるのでは?」

と思うかもしれません。

しかし、スペース閉鎖では単に歯を引き合わせればよいわけではありません。

重要なのは、

  • 前歯をどれだけ後退させるのか
  • 奥歯をどれだけ前方移動させるのか
  • 前歯のトルクをどう維持するのか
  • 歯根をどう動かすのか
  • 上下の咬合をどう作るのか

です。

強い力によって歯冠だけが傾斜すれば、スペースは一時的に早く小さく見えるかもしれません。

しかし、それが最終的に目指す歯の位置とは限りません。

スペースが早く閉じることと、治療が早く終わることは同じではありません。


マウスピース矯正の力は弱い?

「マウスピース矯正はワイヤーより弱い力だから安全」

という説明を見かけることがあります。

しかし、これも単純化しすぎです。

マウスピース型矯正装置から歯に発生する力は、

  • アライナーの材質
  • 厚み
  • 1ステージの移動量
  • 歯の形
  • アタッチメント
  • アライナーの適合
  • トリムライン
  • 周囲の歯の移動
  • 移動方向

などによって変わります。

そのため、「マウスピースなら常に○g」というわけではありません。

2024年の生物学的研究のシステマティックレビューでも、アライナーから各歯へ加わる実際の力は多くの因子に左右され、臨床的な力の定量化が難しいことが指摘されています。

つまり、マウスピース矯正でも適切なステージングとフォースシステムの設計が重要です。


1枚で大きく動かせばマウスピース治療は早くなる?

これも同じ考え方です。

アライナー1枚あたりの歯の移動量を大きく設定すれば、画面上では少ない枚数で治療が終わるように見えます。

しかし、実際の歯がその移動量についてこなければ、

  • アライナーが浮く
  • 歯とマウスピースの間に隙間ができる
  • 計画した移動が起きない
  • その後のステージもずれる

という問題が起こります。

マウスピース矯正では、このような状態を一般にトラッキング不良と表現することがあります。

重要なのは、

コンピューター上で何mm動かしたかではなく、実際の生体がその移動に追従できるか

です。


「早く動いた歯」が必ずしも良い位置にあるとは限らない

矯正治療では治療速度だけを見るべきではありません。

たとえば前歯を早く後方へ動かしたように見えても、

  • 歯冠だけが倒れている
  • 歯根がついてきていない
  • 奥歯が大きく前方移動している
  • 噛み合わせが崩れている

のであれば、あとから修正が必要です。

結果として治療期間が長くなる可能性もあります。

つまり重要なのは、

速く動かすことではなく、最終的なゴールへ効率よく動かすこと

です。


歯の移動速度には個人差がある

同じ装置を使い、同程度の力を加えたとしても、すべての患者さまの歯が同じ速度で動くわけではありません。

歯の移動には、

  • 骨代謝
  • 年齢
  • 歯根形態
  • 骨の状態
  • 歯周組織
  • 移動距離
  • 移動方向
  • 個体差

などが関係します。

そのため、

「友人は1年で終わったのに、なぜ私は2年?」

と単純に比較することはできません。

同じ「出っ歯」「ガタガタ」という診断名でも、必要な歯の移動量や骨格が異なれば治療期間も変わります。


治療期間を決めるのは矯正力だけではない

矯正治療の期間には多くの要因が関係します。

たとえば、

  • 症例の難易度
  • 抜歯の有無
  • 移動距離
  • 奥歯の前後的位置
  • 歯根コントロール
  • 骨格
  • 噛み合わせ
  • 患者さんの協力度
  • 顎間ゴムの使用
  • マウスピースの装着時間
  • 装置の破損
  • 治療途中の修正

などです。

そのため、

治療期間を短くする方法=矯正力を強くすること

ではありません。

むしろ適切な診断を行い、無駄な歯の移動を減らし、目的の方向へ効率的に動かすことが重要です。


強い力より「治療計画」が重要

ここまでの内容をまとめると、矯正治療で考えるべきなのは単純な力の強さではありません。

たとえば前歯を後退させたい場合でも、

  1. どれだけ後退させるのか
  2. 歯冠をどう動かすのか
  3. 歯根をどう動かすのか
  4. 奥歯をどこに維持するのか
  5. 歯槽骨の範囲内で動かせるのか
  6. 横顔をどの程度変化させるのか
  7. 最終的にどのような噛み合わせを作るのか

を考える必要があります。

その計画が決まって初めて、

  • どの装置を使うのか
  • どこから力をかけるのか
  • どのくらいの力を使うのか

を決められます。

つまり、

診断 → 治療目標 → 歯の移動計画 → 力学設計 → 矯正力

という順番です。


よくある質問 Q&A

Q1. 矯正装置を強く調整してもらえば早く終わりますか?

基本的に、強く調整すればその分だけ治療期間が短くなるとは考えません。

歯の移動には歯根膜や骨の生物学的な反応が必要です。過度な力は歯根膜の血流を低下させ、効率的な歯の移動を妨げる可能性もあります。

重要なのは強さではなく、目的とする歯の移動に適したフォースシステムです。

Q2. 矯正が痛くないと歯は動いていないのでしょうか?

いいえ。

痛みの強さと歯の移動量がそのまま比例するわけではありません。

痛みが少なくても歯は移動します。

「痛いほど治療が効いている」と考える必要はありません。

Q3. 適切な矯正力は何グラムですか?

歯の種類や移動方法によって異なるため、ひとつの数字では決められません。

傾斜移動、歯体移動、圧下、挺出、回転などで必要なフォースシステムは異なります。

また、同じ力でも歯根膜面積によって組織へ生じる圧力は変わります。

Q4. マウスピース矯正は弱い力だから歯根吸収しませんか?

マウスピース矯正でも歯根吸収が生じる可能性があります。

2024年のシステマティックレビュー・メタ解析でも、マウスピース型矯正装置による治療後に歯根吸収が認められています。

歯根吸収には複数の要因が関係するため、装置の種類だけでリスクを判断することはできません。

Q5. 矯正治療を早く終わらせるために最も重要なことは何ですか?

単純に力を強くすることではありません。

適切な診断を行い、無駄な歯の移動を減らし、目的とする歯の移動を効率的に行うことが重要です。

また、顎間ゴムやマウスピースなど、患者さん自身の協力が必要な装置を指示どおり使用することも治療計画を進めるうえで大切です。


歯列矯正専門医からのアドバイス

矯正治療では「歯を動かす力」が必要です。

しかし、矯正学で本当に重要なのは、

力の強さそのものではなく、その力をどのように使うか

です。

同じ100gの力でも、

  • どの歯に加えるのか
  • どの方向へ加えるのか
  • どの位置から加えるのか
  • 歯を傾けたいのか
  • 歯根ごと移動させたいのか

によって結果は変わります。

さらに、歯の周囲には歯根膜があり、その外側には歯槽骨があります。

歯根の大きさや形、歯槽骨の厚みも患者さまによって異なります。

だからこそ、矯正治療では、

「強い力で早く動かす」

という考え方ではなく、

患者さまごとの歯・歯根・骨・噛み合わせに合わせて、適切なフォースシステムを設計すること

が重要です。

特に出っ歯や抜歯症例では、単に前歯を強く後方へ引けばよいわけではありません。

前歯の歯根をどこへ移動させるのか、奥歯をどこに維持するのか、口元や横顔をどこまで変化させるのかまで考える必要があります。

そのためには、

  • 顔貌分析
  • 横顔の評価
  • セファロ分析
  • 歯根の評価
  • 骨格
  • 噛み合わせ

などを含めた総合診断が重要です。

治療期間を短くすることは患者さまにとって大きなメリットです。

しかし、治療期間だけを優先して必要以上の力を加えることが、質の高い矯正治療とは限りません。

「最も強い力」ではなく、「必要な歯を、必要な方向へ、必要なだけ動かす力」を選択すること。

これが矯正治療における力の基本的な考え方です。

歯列矯正専門医 中西 正光


矯正治療を検討している方へ

矯正治療について調べていると、

「半年で終わる」

「通常より早く歯が動く」

「弱い力だから痛くない」

など、治療速度や矯正力に関するさまざまな情報を目にすることがあります。

しかし、歯の移動は装置だけで決まるものではありません。

患者さん自身の歯根膜と骨が反応することで初めて歯は動きます。

そのため重要なのは、

どれだけ強い力を使うかではなく、なぜその歯をその方向へ動かす必要があるのか

という治療計画です。

初診相談では、まず歯並びや口元、噛み合わせについてのお悩みを確認します。

より具体的な治療方針を決めるためには、必要に応じて精密検査を行い、

  • 歯並び
  • 歯根
  • 骨格
  • 噛み合わせ
  • 顔貌
  • 横顔

などを総合的に評価します。

矯正治療は歯を早く移動させる競争ではありません。

大切なのは、歯と周囲組織への負担を考えながら、顔貌・横顔・噛み合わせ・長期安定性まで含めた治療目標へ、できるだけ合理的に歯を移動させることです。


参考文献

  • 日本矯正歯科学会 診療ガイドライン
  • American Association of Orthodontists Clinical Guidelines
  • 厚生労働省 歯科口腔保健関連情報
  • 『THE ALIGNER ORTHO アライナー矯正治療の最適解:ALIGNER RADIO BOOK』
  • 『アライナー矯正歯科治療』
  • Ren Y, Maltha JC, Kuijpers-Jagtman AM. Optimum force magnitude for orthodontic tooth movement: a systematic literature review. Angle Orthod. 2003.
  • Theodorou CI, et al. Optimal force magnitude for bodily orthodontic tooth movement with fixed appliances: A systematic review. Am J Orthod Dentofacial Orthop. 2019.
  • Biological alterations associated with the orthodontic treatment with conventional appliances and aligners: A systematic review of clinical and preclinical evidence. Heliyon. 2024.
  • Osteocyte Mechanotransduction in Orthodontic Tooth Movement. 2023.
  • Root resorption in clear aligner treatment detected by CBCT: a systematic review and meta-analysis. Int Dent J. 2024.

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監修歯科医師

熊本サニースマイル矯正歯科
院長 中西正光

所属学会等

  • 日本矯正歯科学会
  • 日本デジタル矯正歯科学会
  • 九州矯正歯科学会
  • 日本摂食嚥下リハビリテーション学会
  • インビザラインドクター

略歴

  • 久留米大学附設高等学校
  • 東京歯科大学卒業
  • 九州大学病院矯正歯科
  • 熊本県内大手医療法人の歯列矯正部門顧問

学会発表

  • Journal of Oral Biosciences Supplement 2018
    「Impaired store-operated Ca2+ entry in mouse salivary glands decreases the volume of saliva secretion」
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