目次
最初のまとめ
熊本市にお住まいの20代女性が、八重歯と口元の前突感(出っ歯)を主訴に来院された症例です。診断名は「叢生を伴う歯性上顎前突症」でした。精密検査の結果、上下左右第一小臼歯を抜歯したうえでマウスピース矯正での治療が可能と判断し、1年4か月(治療費866,800円・税込)で八重歯・出っ歯・口元の前突感を改善しました。
八重歯や出っ歯のすべてがマウスピース矯正で治療できるわけではありません。本症例では、歯の傾きや移動量、セファロ分析の結果から、マウスピース矯正に適した条件がそろっていたことが、治療法選択のポイントでした。
「ワイヤーでしか治せない」と言われた歯並びでもマウスピースで治療できることはある?
「八重歯や出っ歯(上顎前突)は、ワイヤー矯正でしか治せない」と説明されることがあります。特に、抜歯を伴う矯正や、過蓋咬合を伴うケースでは、歯のコントロールが難しくなるため、ワイヤー矯正が適している場合もあります。
一方で、すべての抜歯症例がワイヤー矯正でなければ治療できないわけではありません。歯の傾き、抜歯後のスペースの使い方、大臼歯の移動量、前歯のコントロール、患者さんのマウスピース使用状況などを総合的に確認することで、マウスピース矯正で対応できる症例もあります。
どちらの装置が適しているかは、装置の優劣ではなく、その症例の条件によって決まります。本症例では、八重歯と口元の前突感を改善するため上下左右第一小臼歯を抜歯し、マウスピース矯正で治療を行いました。
八重歯・出っ歯(上顎前突)とはどんな状態?
八重歯とは、犬歯が歯列から外れて高い位置や外側に生えている状態をいいます。歯が並ぶスペースが不足しているときに起こりやすく、見た目だけでなく、清掃性や咬み合わせに影響することがあります。
出っ歯(上顎前突)とは、上の前歯や口元が前に出ている状態をいいます。前歯の傾きだけが原因の場合もあれば、骨格的な前後差、歯列全体の前突、上下の歯のバランスが関係している場合もあります。
今回の患者さんは、八重歯に加えて、口元の前突感とEラインの改善を希望されていました。
患者さんの情報
| 年代 | 20代 |
| 性別 | 女性 |
| 地域 | 熊本市 |
| 主訴 | 八重歯、口元の前突感(出っ歯) |
| 診断名 | 叢生を伴う歯性上顎前突症 |
| 使用装置 | マウスピース型矯正装置 |
| 治療範囲 | 全体矯正 |
| 治療期間 | 1年4か月 |
| 治療費 | 866,800円(税込) |
| 抜歯の有無 | あり(上下左右第一小臼歯) |
| アンカースクリュー | なし |
初診時の状態
Before(初診時)
■ セファロ分析(治療開始前)
| 計測項目 | 正常範囲 | 本症例の値 | 判定 |
|---|---|---|---|
| FMA(下顎下縁角) | 22〜28° | 40° | ハイアングル |
| ANB(上下顎前後差) | 2〜4° | 3.2° | 正常範囲(骨格Class I) |
| U1 to FH(上前歯傾斜) | 107〜120° | 128° | 唇側傾斜 |
| L1 to Mand(下前歯傾斜) | 約93° | 50° | 【判定保留・要確認】 |
| Overbite(重なり) | 2〜3mm | 5mm | 過蓋咬合 |
| U-lip to E-line | 0〜−2mm | +4mm | 口元突出(口唇閉鎖時) |
初診時には、典型的な八重歯と中等度の叢生が認められました。奥歯の咬み合わせは両側Angle Class II で、前歯には強い前突感がありました。
また、過蓋咬合も認められ、顔面正中に対して上顎歯列正中は一致していたものの、下顎歯列正中は2mm右にずれていました。
セファロ分析では、上表のとおりEラインが標準より4mm前突し、FMA 40°のハイアングル傾向が認められました。骨格的にはSkeletal Class II 傾向のClass I で、上顎前歯には唇側傾斜が認められました。下顎前歯の傾斜については後述します。
下顎のSpeeの湾曲も強く、過蓋咬合を改善するためには、下顎前歯部の圧下が必要と判断しました。
パノラマ所見では根尖病巣を認めず、歯根形態にも異常はありませんでした。歯周組織には軽度の歯肉炎がありましたが、顎関節に明らかな異常はありませんでした。
なぜマウスピース矯正を選んだのか?
本症例では、上下左右第一小臼歯を抜歯したうえで、マウスピース矯正を選択しました。理由は主に3つあります。
1つ目は、治療期間に関する患者さんの希望です。
患者さんは治療期間の短い装置を希望されていました。治療期間は症例によって異なりますが、ご希望も踏まえたうえで、現実的に達成可能な治療方法を検討しました。
2つ目は、八重歯の傾斜がマウスピース矯正で対応しやすいパターンだったことです。
マウスピース矯正には得意な動きと苦手な動きがありますが、本症例では犬歯の位置や傾き、抜歯スペースの使い方を考えると、マウスピースでコントロールしやすい条件がありました。
3つ目は、抜歯後に必要となる大臼歯部の移動量が多くなかったことです。
抜歯矯正では、大臼歯が前に倒れたり、犬歯が後ろに倒れたり、前歯の咬み合わせが深くなったりするリスクがあります。そのため、大臼歯の近心傾斜、犬歯の遠心傾斜、過蓋咬合の増悪に注意しながら治療計画を立てました。
なお、すべての八重歯や出っ歯がマウスピース矯正で治療できるわけではありません。抜歯の必要性、歯の傾き、骨格、咬み合わせ、患者さんの装着時間によって、適した治療法は変わります。
治療経過
治療開始時は、典型的な八重歯と中等度の叢生がある状態でした。上下左右第一小臼歯を抜歯し、そのスペースを利用して八重歯、叢生、口元の前突感を改善していきました。
治療途中では、叢生、八重歯、口元の前突感に改善がみられました。また、下顎のSpeeの湾曲が強かったため、過蓋咬合の改善を目的として下顎前歯部に圧下を加えました。
治療中に大きく苦労した点は特にありませんでした。患者さんのマウスピース使用状況が良好で、計画通りに治療を進めやすかったことも、良い結果につながりました。
治療後は、マウスピースタイプのリテーナーを使用して保定を行っています。
治療結果
After(治療後)写真
治療後は、前歯の傾斜が標準値の範囲内に収まりました。八重歯と叢生は解消し、前歯のガタガタも改善しました。
奥歯の咬み合わせは、目標としていた両側Angle Class I を達成しました。下顎歯列正中のずれも改善し、上下の正中は一致しました。
口元と横顔については、Eラインが標準値の範囲内に収まり、治療前に気にされていた口元の突出感も改善しました。過蓋咬合についても、咬み合わせの深さが整いました。
治療前に主訴とされていた前歯のガタガタと口元の突出感は、いずれも改善しました。
なお、治療結果には個人差があり、同様の症例でも同じ結果になるとは限りません。
院長より
今回の症例で重要だったのは、他院で「ワイヤーでしか治せない」と言われた状態であっても、精密検査とセファロ分析をもとに、マウスピース矯正の適応を慎重に見極めたことです。
過蓋咬合を伴う抜歯症例は、ワイヤー矯正でも注意が必要な治療です。そのため、他院でワイヤー矯正が必要と判断されたこと自体は、十分に理解できます。
一方で、本症例では口腔内の状態やセファロ分析の結果から、マウスピース矯正に適した条件が複数確認できました。大臼歯の移動量が多くなかったこと、八重歯の傾斜がマウスピースで対応しやすいパターンだったこと、患者さんの装着協力が得られたことなどから、マウスピース矯正で対応可能と判断しました。
マウスピース矯正で大切なのは、「マウスピースで治せるかどうか」を見極める診断です。装置だけで治療結果が決まるわけではなく、骨格、Eライン、歯の傾き、抜歯スペースの使い方を正確に把握することが重要です。
同じように「ワイヤーでしか治せない」と言われた場合でも、症例によってはマウスピース矯正が選択肢になることがあります。ただし、すべての症例で可能なわけではないため、ワイヤー矯正とマウスピース矯正の両方を扱っている矯正歯科で相談することをおすすめします。
また、治療中に大臼歯が想定外に近心傾斜した場合は、一時的に臼歯部のみワイヤーを併用することもあります(追加費用はありません)。マウスピースにこだわりすぎず、必要に応じて補助的な処置も検討しながら、安全に治療を進めることが大切です。
よくある質問
治療期間はどれくらいですか?
本症例の治療期間は1年4か月でした。同じような抜歯を伴うマウスピース矯正では、平均して1年半から2年程度かかることが多いです。
費用はいくらですか?
本症例の治療費は866,800円(税込)です。矯正治療は自費診療のため、治療範囲や装置、処置内容によって費用が異なります。
抜歯は必要ですか?
抜歯が必要かどうかは症例によって異なります。本症例では、Eラインと口元の前突感を改善するため、上下左右第一小臼歯を抜歯しました。抜歯の要否は、叢生の量、前歯の傾き、口元のバランス、骨格などを確認して判断します。
この症例はマウスピースでも治療できますか?
本症例は、マウスピース矯正で治療しました。ただし、抜歯を伴うマウスピース矯正は、どの症例でも簡単にできるわけではありません。歯の傾き、大臼歯の移動量、咬み合わせ、患者さんの装着時間を確認したうえで判断します。
他院でワイヤーでしか治せないと言われても相談できますか?
相談は可能です。ただし、診断の結果、ワイヤー矯正の方が適していると判断する場合もあります。治療法は精密検査をもとに判断します。
治療のリスクはありますか?
矯正治療には、歯根吸収、歯肉退縮、アンキローシス、歯髄壊死、顎関節症などのリスクがあります。症例ごとにリスクは異なるため、精密検査を行ったうえで治療方針を検討します。
後戻りはありますか?
後戻りは起こる可能性があります。本症例では、治療計画を作成する時点で後戻りが起きにくいように設計し、治療後はマウスピースタイプのリテーナーで保定を行っています。
同じような症状でも同じ治療になりますか?
同じように見える歯並びでも、同じ治療になるとは限りません。骨格や歯の微妙な傾き、咬み合わせ、Eライン、スペース不足量によって治療計画は変わります。
リスク・副作用
矯正治療には、以下のようなリスク・副作用があります。
- 歯根吸収(歯の根が短くなる症状)
- 歯肉退縮(歯茎が下がる症状)
- アンキローシス(歯と骨が癒着し歯が動かなくなる状態)
- 歯髄壊死(歯の神経が失活してしまう状態)
- 顎関節症(顎の痛み)
- マウスピース型矯正装置は、装着時間が不足すると計画通りに歯が動かず、治療期間の延長や装置の再製作が必要になることがあります。
写真
Before(初診時)
After(治療後)写真